ニュースレター第1号(2021年1月)
文化遺産信託研究会は2020年8月24日に設立総会を行い発足いたしました。ここにニュースレターを発刊いたします。活動のご報告や今後のご案内などをお知らせしてまいります。
Contents
理事長・業務委員長ごあいさつ
理事長 田淵 結
この度文化遺産信託研究会の理事長を仰せつかりました田淵結(たぶちむすび)です。
昨年の夏に本会の設立総会がアメニティ2000協会ヴォーリズ六甲山荘で開催され、そこで理事および理事長へのご指名をいただきましたが、いろんな意味でとまどいを持たされております。何よりも私がお役に立てるかということともに、「文化遺産信託」という活動の内容について私の理解がそれほど十分になされていないことがあります。この会をインキュベートされたアメニティ2000協会の清水理事長をはじめとする方々の思いのなかには、英国のナショナル・トラスト運動のイメージが大きかったと伺っております。私自身もはからずもこのトラストの会員として35年ほど(かなり形だけの)会員としてお付き合いをしていますが、あのピーターラビットで知られたウィンダミアの同トラスト管理の施設をはじめとして、英国を代表する文化遺産が丁寧に保存・継承されており、あのような活動を日本においても定着させることを目指すという思いがそこに込められているようです。ただしそこで考えられるべきことは、「民間の力」によって、ということなのです。根底には、私たちの身近にある貴重な遺産について、その地域のひとりである私たちが大きな誇りを抱きながら自らの地域が受け継いでいた文化・歴史の豊かさをしっかりと受けとめるということがあります。そういえば、英国ナショナル・トラストの施設では、ガイドの皆さんが施設への誇りと理解を強く抱きその良さを多くの人に伝えたいという熱意を込めて語って下さっていました。
私の理事長としての最初のつとめは、多くの会員の皆様ご自身の身近な「文化遺産」への理解を深めることへのお手伝いから始まるものと思います。ぜひそのようなお話、夢、ビジョンをお聞かせいただき、これからの文化遺産信託研究会の活動がより具体的に、より多くの方々への理解を得て発展してゆけますことを願っております。2021年にむけ、どうぞよろしくお願いを申し上げます。皆様のご多幸をお祈りいたしつつ。
業務委員長 飯畑 正一郎
皆さま新年おめでとうございます。文化遺産信託研究会業務委員長兼事務局長を務めます飯畑正一郎です。業務委員会は、理事会の下で当研究会の日常の業務を円滑に推進していく役割を担当します。会員の皆さまがナショナル・トラストの日本での普及と推進のために活動されるのを支え、それぞれの活動を有機的に結びつけてますます発展させていく お手伝いをしていくことができればと願っています。
昨年は年初より多くの方々に当研究会に参加の申込みをしていただきましたのに、新型コロナ禍のために設立総会が4月から8月に延期となり、研究会が主催して行事を行うこともほとんどできませんでした。中途半端な発足となりましたが、そのぶん本年に向けて力を蓄える時間を頂いたと思います。
昨年9月以来、私を含め5人の業務委員が月1回会合を持ち、今後の研究会の進むべき方向やその方法を議論してきました。11月30日には、理事会が開催され、それまで業務委員会で議論してきたことを報告し、理事の方々で活発な議論をして頂きました。業務委員会での検討を超え、より広い視点、目標を示していただきました。2021年度には、理事会で議論され、示された方向性に沿って研究会の活動に反映させていきたいと存じます。
本年は、研究会の活動を本格化させる年です。皆さまからどんどん提案をして頂き、実現させていき、ナショナル・トラスト活動の輪を広げ活発にしていきたいと存じます。では、具体的にどんなことをどのようにして展開していきましょうか。2021年度活動計画を併せてお読みください。皆様とともに会の発展に尽力したいと存じます。よろしくお願いいたします。
理事等ご紹介 (敬称略・五十音順)
理事長 田淵 結 関西学院前院長、アメニティ2000協会理事 | |
理事 飯畑 正一郎 弁護士、アメニティ2000協会理事 | |
理事 宇佐美 直治 株式会社宇佐美修徳堂代表取締役 | |
理事 清水 彬久 アメニティ2000協会理事長 | |
理事 中島 節子 京都大学教授 | |
理事 福原 成雄 大阪芸術大学教授 | |
理事 室谷 悠子 弁護士、日本熊森協会会長 | |
理事 山形 政明 大阪芸術大学名誉教授 | |
監事 武田 智行 弁護士、一般社団法人Japan Heritage理事 |
2021年度活動計画
飯畑 業務委員長
本年は研究会の活動が本格的に始まります。4月5日午後1時30分からヴォーリズ六甲山荘において定時総会を行います。
4月以降、各地のナショナル・トラスト活動に関わる個人、団体と連絡を取り合って講演や見学会を企画したいと模索中です。8月には、ナショナル・トラスト活動の普及と推進を目指したシンポジウムを企画します。これらの催しが、会員の活動や研究成果の発表の場にもなるとよいと考えます。
また、ナショナル・トラストに関わる様々な分野をテーマにした分科会や、近くの会員が集まる地域支部などの活動が考えられます。今後の理事会や定時総会での検討課題となります。
さらに、本年度中に、ホームページやフェイスブックその他WEBを活用する方策も展開したいと考えています。
2021年度定時総会のお知らせ
2021年度文化遺産信託研究会の定時総会は、下記の通り行います。詳細は追ってご案内いたします。
日時:2021年4月5日 午後1時30分~
場所:ヴォーリズ六甲山荘
募集
当研究会のホームページを作成・管理するスタッフを募集します。bunkaisanshintaku@gmail.comまでご連絡ください。
セミナー報告
日時:2020年12月5日(土)14時~
会場:草志舎
テーマ:「旧室谷邸部材の再生の事例」
講師:飯畑 正一郎 ・ 津枝 勝見
参加費:1500円(茶菓付)
研究会の最初の行事としてセミナーを行いました。現在アメニティ2000協会が六甲山上で進めている、旧室谷邸部材を活用した休憩所建築計画を事例に、プロジェクト紹介とディスカッションです。その概要をご紹介します。
第1部
セミナー第1部は、飯畑正一郎(文化遺産信託研究会理事、アメニティ2000協会理事)が担当し、アメニティ2000協会が旧室谷邸の部材が残っていることを知ってから、その再建のためにどのような活動を行ったかを説明しました。内容は神戸市の補助金を獲得するために行ったプレゼンテーションの内容を中心に、建築に至る経過を説明したものです。
旧室谷邸は、2007年に取り壊されてしまった国登録有形文化財で、ヴォーリズが設計した阪神間の代表的な個人の邸宅でした。2020年初めに、神戸市教育委員会からアメニティ2000協会に旧室谷邸の部材の保管場所提供の打診があり、協議をするうち、その部材を利用した再建を考え始め、神戸市経済観光局が展開していた六甲山上賑わい創出事業を活用して不足する資金の調達を図ることにし、この事業に応募しました。この事業で選定されるために、旧室谷邸を六甲山上で再建することの意義を訴えるプレゼンテーションを行いました。それを振り返りながら、その意義を説明していきます。
アメニティ2000協会は、ヴォーリズ六甲山荘を購入して保全・公開している認定NPO法人で、英国発祥のナショナル・トラスト活動を日本で普及、定着させることを目指しています。この活動は、自然も建造物などの人間の営みも大切に保全しています。再建する場所はヴォーリズ六甲山荘の周囲の自然に恵まれたヴォーリズ記念・きょうだいの森で、この森は、明治の頃に積まれた後、人知れず笹に埋もれていた石垣や旧い地図に書かれていた小寺池のあった場所です。室谷邸の再建を含めて歴史的な産物を現在に活かしながら、未来に繋げていくというナショナル・トラストの活動に繋がっています。
ヴォーリズが設計した建物は、現在、2~300件の建物が残っており、そのうち重要文化財や国登録文化財等となっている建物が100件近くに上り、これほど多くの建物が文化財とされる建築家は他にいません。ヴォーリズの建築家としての評価は高く、多くのファンもいます。ヴォーリズ六甲山荘と隣接して、室谷邸の一部が再建されれば、全国のヴォーリズ建築のファンに大きなインパクトを与えます。山荘の近くには、ヴォーリズ設計の神戸ゴルフ倶楽部クラブハウスもあり、また、徒歩圏内に、クラシックホテルの一つである旧六甲山ホテルや、安藤忠雄が建築した風の教会もあります。六甲山は、ヴォーリズ建築を中心にして建築ファンのメッカになるのではないでしょうか。
このようなプレゼンテーションの結果、アメニティ2000協会の室谷邸再建プロジェクトは、見事に六甲山上賑わい選定事業の補助対象になり、1000万円の補助金を受けることになりました。その後、本設計を行い、いよいよ工事が始まりました。2021年3月中には工事が完了し、4月から始まるヴォーリズ六甲山荘の公開時にお披露目をする予定です。
(ニュースレター用に内容を編集したため、当日とは説明順序が前後しているところがあります。)
第2部
第2部は、津枝勝見(建築士、アメニティ2000協会会員)が担当し、旧室谷邸の建築と、残された部材を活用して建てる建物についてです。
まず、旧室谷邸建物の概要と、それが解体されて部材の一部が残されることになったいきさつですが、室谷邸は昭和9(1934)年、神戸市須磨区離宮前町、現在の須磨離宮公園の南側の敷地にヴォーリズ建築事務所の設計で建てられた邸宅です。
おそらく施主が材木商だった関係でふんだんに木が見えるデザインを採用したと思われる、チューダー・ゴシックのスタイルで、ハーフティンバーの木軸組と赤いレンガタイルが特徴的な建物でした。東の道路に面して表門があり、門の切妻屋根がそのまま渡り廊下のように延びていって玄関につながるという、非常に珍しい形をしていました。(この部分を、単に門屋というのではなく、形を表す意味をこめて、ここでは門廊と呼んでいます。)大きく茂った樹木に覆われて敷地内の様子を外から窺い知ることが難しかったようですが、地域の方々にとってはこの表門が印象的だったようです。
震災時、室谷邸は少し被害を受けたものの、修理されて、すぐに国の登録有形文化財になりました。一時は市の指定文化財になる話も出ていたようです。その後、保存を条件に売却され、2007年初頭、前所有者の意に反して建物が解体されることになります。各方面から様々な解体差し止めの努力がなされたものの実らず、最後に神戸市は、移築再建できるよう丁寧に解体してほしい、そして部材を譲り受けたいと申し入れ、業者はそれを了承して解体が始まりました。
しかし、一部分を残して大部分の部材は失われました。どうやら道路から見えていた門廊部分だけは比較的丁寧に解体して残したということだったようです。市は、当初希望していた建物全体ではないものの、残った部分だけでも保管することにし、部分的な再建も検討したようですが、結局は予算的な理由などで実現されなかったと聞いています。
それから、保管場所の廃校施設などを転々とした後いよいよ行き場がなくなって、アメニティ2000協会へ話が持ち込まれたという訳です。そして、きょうだいの森という自然公園の中に建つ休憩所として、これを建てるということになりました。
新しく建てる建物について。門廊部分の柱・梁が一揃い残っているので、これらを再築し、吹き放ちの渡廊下風の形状を活かして休憩所とします。元は建物の幅全体が階段だったので、その幅を狭くして床を作り休憩スペースになります。
ただし、残っているのは軸組の木材だけで、壁に貼られていたレンガタイル、屋根材の天然スレート、床や基壇部分の壁に貼られていた石材等は残っていませんので、新たに補充しなければなりません。中でもレンガタイルは、この建物の印象を決めるものと言っても過言ではありませんが、現在の一般的な工業製品的なレンガタイルと違って、当時のものは角が丸くなっていて手作りの味が残っています。色も違い、ヘラで削って敢えて角を落とした形跡もあるようです。そこで、アメニティ2000協会の会員で陶芸家の角倉起美さんに製作をお願いすることになりました。色にもいくつかのバリエーションがあるので、焼成温度を変えるなどの工夫で再現していただくことになっています。
また建具として、正面の門扉のほか主屋の玄関扉が残っていました。共に金属の装飾のついた重厚なものです。これを活かすため、門廊の先につく玄関土間の部分を作ることにしました。実は、市の補助金を受けるために最小面積の規定があり、それを満たすためにも少し面積を増やす必要がありました。
玄関の部材は残っていませんが、敷地内の別の場所にあった渡廊下の柱・梁が残っていたので、代わりにそれを使って小さな部屋を作ります。主屋の居間にあった暖炉の石材が残っていたので、中に設置して、火を燃やすことはできませんが石組越しに外の景色を見ることができる場所になる予定です。
門廊は、大きな邸宅の建物全体から考えると非常に小さな部分ではありますが、室谷邸が外の世界に向けた顔であり、地域の方々の記憶に深く刻まれている部分でもありました。これが再築されれば、在りし日の室谷邸を彷彿とさせ記念するものとなるのではないかと考えています。
最後に、会場の参加者の方からも発言をいただき有意義なディスカッションが行われて、セミナーは締めくくられました。